御由緒

本社の創立は、当社の由緒石碑文によると 

『第百五代 後奈良天皇の御代、天文七年(1538年)三月十五日、当時の庄屋 古賀与五郎はじめ村火と一同うち集いて、漁猟に出て帰る途中、御神体の浮いているのを発見、その姿は甲冑を着けた左手に水の玉を捧げね左手に邪を祓う棒を持って、容姿の荘厳さは五体より光芒を感じさせ、一同思わず頭を垂れた。

 古老指して曰く、「これぞ毘沙門天なるぞと・・・」一同 喜び勇みて観音堂の横に鎮守神として 祀りたり』と云う 

 

 爾来、大牟田村に火災絶え、その霊験のあらたかさと、左手に捧げたる水の玉

 の由来に基づき、火の神また大牟田の氏神・鎮守神として敬われております。

 その100年後 寛永年間(西暦1640年ごろ、今より約380年前、江戸時代前期)に祇園祭の御祭神、素盞嗚尊・奇稲田姫を京都八坂神社より勧請し、当大牟田神社境内地に祀りました。

 明治年間、行政上の処置として神仏習合を分離されることとなり、鹿島神宮の御祭神、武御雷神の神霊を勧請し、また昭和2年三池郡玉川村に鎮座する山浦神社の御祭神、匠の神たる、手置帆負神・彦狭知神を合わせ祀りました。

 以後、石炭とともに栄える大牟田の町の地域随一の氏神・守護神として御神威を益々輝かせております。

 特に、当社夏祭り(祇園祭)の斉行に際しましては、年々盛んになり、今は

大牟田一の祭事に数えられております。

御由緒

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